【夜話】夜に洗濯をする

 人は夜になると洗濯をします。洗濯機を回すのではなく、自分の手でごしごし洗うのです。何を洗うのかというと、心、意識、魂、記憶です。魂の洗濯、意識の洗濯なんて何だか難しく聞こえますが、誰でもやっていることなのです。

 で、何を洗うのかというと、汚れではありません。断じて汚れではないのです。洗うのは染み、正確にいうと、たぶん模様です。

 染みとか模様は何かに見えますね。染みそのものとか模様それ自体ではなく、染みや模様に何かが見えるという意味です。

 顔に表情を見るのとも似ています。ほら、表情って顔に浮かんだ模様みたいじゃありませんか。

 その何かに似た染みというか模様というか表情みたいなものを、人は夜になるとごしごし洗うのです。

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 命の洗濯という言い方があります。日常のしがらみから逃れてのんびりすることですが、命をごしごし洗うなんて、いいたとえだと思います。夜になると、あちこちにいる各人がいっせいに命を洗うなんて絵になりませんか。

 ただ、私がいまお話ししているのは、それとはちょっと違います。

 夜の洗濯で私の頭に浮かぶのは、マネーロンダリングです。漠然としか知らない言葉なので意味を調べてみると、「お金を洗ってその出所を消す」という、比喩なの現実なのか分からない説明が書いてありました。

 これだと思いました。人は夜になると「昼間の記憶を洗ってその出所を消す」のです。

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 人は眠っているあいだに夢を見て、その夢の中で昼間に起きたことの整理をしているというか、記憶のおさらいをしている。きょうはあんなことがあったなあ、こんなこともあったなあ、と。

 そのうちに、あれはめちゃくちゃ怖かったなあ、あの時には恐ろしくておしっこを漏らしそうになった、と恐怖の記憶も出てくる。

 ここなんです。恐怖をおさらいし整理することで、じつはごしごし洗濯をしているのです。振りかえることで恐怖を飼い慣らすといえば、お分かりいただけるでしょうか。

 記憶にまとわりついた意味づけを放棄するとか、あったことを虚構化する、つまり距離を設けることでベールに包んだり、場合によっては改変したり、さらにはなかったことにして、すっとぼけるとか、しれっとやりすごすわけです。

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 でも、記憶の痕跡は消せません。何かの形で残っています。いったんついた染みは消せないということですね。

 いずれにせよ、こういうのは洗濯であり、一種のマネーロンダリングだという気がします。

 出所を消してきれいに見せる。要するに誤魔化しているんです。なぜって、めちゃくちゃ怖いから。さもないと、人間なんてしんどくてやってられません。

 そんなわけですから、大丈夫です。何がって、夜の洗濯ですよ。今夜もよい夢を。